2010年9月23日木曜日

鉄道(電車)のあることの意味

写真1:JR東富山駅(2009年3月撮影)
前回、電車のことを話しましたので、少し鉄道のことを話題にしてみたいと思います。

写真1はJR東富山駅です。2008年9月から2009年3月まで、この駅で降りて前回お話しした田園風景の中を通勤致しました。

時間的には、徒歩で約30分。クルマであれば、約10分だったかと思います。

朝晩、通勤や通学の方が大勢利用していたと記憶しています。やはり、鉄道は周辺地域の住民の方々にとってはとても大切な公共交通機関だと考えています。

写真2:のと鉄道 旧 上戸駅(2010年8月撮影)
当然、高齢者にとっても利用しやすいものかと考えます。

ちょっと、ここで私の実家である能登半島の先端にはかつて鉄道がありました…

しかしながら、現在は廃止されてしまい、かつての駅舎は荒れ果てています。

約30年前、私はこの駅から旅立ちました。金沢にある理学療法士の養成校に入学するために…

その後、実家への帰省やまた金沢へ帰る時に何度も使ったと思います。

そんな、思い出深い駅舎です。詳しい経緯は憶えていませんが、経営の合理化のために廃線となったと記憶しています。

しかし、鉄道が無くなってからは駅周辺は廃れ、過疎地域であればあるほど荒廃に拍車がかかったのではないかと思えて仕方ありません。
(詳しいことは以下のURLをご覧下さい http://pi-taro.sakura.ne.jp/noto-line/

実際、私の年老いた母親は歯科医院受診のために不便になったと言っています。
代替交通となったバスでは雪の影響を受けやすく、定時の運行が難しいことが想像されます。

鉄道会社と地域住民が時間をかけて作り上げてきた共有財産だったのではないでしょうか?
地域で共有される貴重な社会資源であったことと思えてなりません。

たしかに、能登半島の先端の小さな町でも「クルマ社会」の影響を受けているものと思われるくらい、クルマでの移動が多くなっています。

ただ、「交通弱者」と言われるような高齢者や子ども達にとっては、貴重な資源であったことは疑う余地はありません。

季節柄、感傷的になっているからかもしれません。
今日は、「クルマ社会」からすれば、小さな立場に目線をおいて考えてみました。

最近は、地域のローカル線を見るたびに「いつまでも変わらない存続」を願っています。

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